横浜市内で引越しをしました

我が家は、去年の3月末に横浜市内での引っ越しを行いました。移動距離は20キロ位でしたので、すぐ近所でしたが、子供の進学時期にあわせて引っ越しを行いましたので、業者さんは、繁忙期で、お値段の方も通常価格よりも割高の設定金額でした。 見積もりは、引っ越しの日程が決まっていましたので、半年前から3社にお願いして、一番安い業者さんにお願いする事にしました。

横浜の市内での移動でしたので、自家用車に積める荷物を積んで、何回も主人と私で借家の自宅から購入した新居のマンションへ本当の引っ越し前に何回も運びました。 そのお陰で、引っ越しの業者さんには2トントラック1台分だけでお願いする事になりましたので、4人家族の荷物としては、すごく少量の物だけ運んでもらいました。

また、引っ越しの時に出た大型のごみは、横浜の場合はシールを買って業者さんにとりに来てもらう方法でした。 引っ越し当日は、あいにくの小雨でしたが、業者さんは2人来て、慣れた作業で次々に荷物や玄関などをを養生して、積み込んでくれました。

同じ横浜市内でも土曜日の午後の時間帯でしたので、幹線道路は混雑していて、通常よりも移動時間がかなりかかってしまいました。横浜の新居のマンションに到着後、作業員2名でエレベーターを使って、4階のお部屋に運び入れてくれました。 作業はとても丁寧で、重たい荷物をどこにもぶつける事なく、お願いした場所に設置してくれました。今回初めての引っ越しでしたが、とても手際よく何のトラブルもなく、きちんと作業してくれましたので、主人も私も大変満足しました。

一人暮らしの節約料理

初めて一人暮らしを始めたのは、大学入学と同時だった。実家から単身引越しをしたのは、入学式の10日前だったと思う。それ以降、結婚するまでずうっと一人暮らしだった。

大学に入った当初は慣れない生活で、学校に通うだけで精一杯で、アルバイトはまったく出来なかった。その為、1ヶ月の生活を両親に送ってもらった仕送りだけでやりくりしなくてはならなかった。 両親が共働きということもあって、料理はまったく出来ないということはなかった。

キャンプや一人で旅行にも行っていたので、最低限は出来ていたと言ってもいい。しかし、限られた食費の中で1ヶ月の期間をコントロールすることは初めてであり、もちろん無理だった。最初は、食品がどの程度の金額かなのかもわからなかった。自転車で近くの生協に行き、なんとなく安そうなものを買ってきた。もちろん、作れる料理のレパートリーも多くはない。

最初に買ったのは、米と調味料、そして缶詰だった。野菜や肉を買って、なんとか料理を作り始めたが、それは最初のうちだけだった。新しい友達や高校時代の悪友たちと、次第に飲みに行ったり、家で飲んだりするようになる。すると、間違いなく食費は足りなくなっていた。

そこで、それからは仕送りが貰えるまでの間は、節約料理となる。肉の入っていないカレーライスやもやし炒め、秋刀魚の蒲焼の缶詰を炊きたてのご飯に混ぜた秋刀魚ご飯などが、定番料理だった。貧しくも楽しい一人暮らしだった。

一人暮らしは自分の開放

私は一人暮らしが大好きです。一人暮らしだからできることを行なっていると、気分転換になり、活力が湧いてきます。部屋にいる時以外には、道を歩いていても、電車に乗っていても、もちろん会社で仕事をしていても、常に周囲の目を気にして過ごします。人の目を気にしている状態により社会が維持されているので、大事な感情です。

一方で、そのような行動や言動に制約された状態が続くことは、精神衛生上よくありません。私は、一人暮らしの部屋に入ると、必ず1回は裸になります。人の目を気にせず、一人でなければ出来ないことをすると、落ち着きます。言葉で表現すれば、開放されるです。

テレビや新聞で、精神的に病んでいる人の事件や事故が毎日のように報道されています。そのような人々は、自分の精神状態を安定させるための努力が足りないか、または術を知らない人だと思います。 人それぞれ方法は違うと思いますが、必ず精神を安定させる方法はあるはずです。趣味かもしれませんし、家族や親族かもしれません。

私は、毎日、一人でいることを必ず意図的に行うことで、精神を安定させています。きっとそれにより私と同じように安定する人も多数いると思います。 近年、大流行のFacebookやTwitterやブログなどのソーシャルメディアは、一日の中での一人の時間を極限まで少なくします。

友人には、それにより癒されるという人もいます。友達は、何か疑問や悩みがあれば即座に答えてくれるため、一時は安心するかもしれません。しかし、私はこの状態は健全な状態とは考えていません。人間は一人で開放される、一人で考えるという時間をもっと取ることが必要だと思います。

私の引越し人生

私の「引越し人生」は結婚生活スタートして二年半から始まりました。

上の子が二歳半の男の子下の子が三ヶ月の女の子の時です。

家族として初めてのお引越し不安と新しい地への期待がいりこんで、子供たちも私も眠れないときもあったとおもいます。

私は家族の中で順応性に秀でていると自負していますので、新しい地ではすぐに打ち解ける事が出来ましたが、主人や子供たちは少なからずともストレスを感じた日々だったかと思います。

引越しの「搬入、搬出」は会社指定の業者さんが入られますがそれはそれで、不必要なものを事前に取り除く作業が又大変だったのを思い出します。

基本社宅住いなので、荷物は増やさないように心がけていました。

社宅でも広さに大小があったりするので、家具も小さめで何とかやりくりしていたのも、今では思い出になります。

兄妹とっても仲良しでしたから、主人はお仕事忙しかったのですが、家族の笑い声がいきる力になっていました。

お引越しは9ヶ月で変わることもありました。

ダンボールの荷解きをすることもなく、次に変わることもしばしばでした。

基本学校の2学期から新しいところに転校していましたので、本当に子供たちは大変だったことでしょう。

文句も言わず親に従順なよい子供たちでした。沖縄にも行きました。

社宅が最高に広くて永住したいくらいでした。お引越しも手馴れてきて疲れないようにコントロール出来て、「大変」が「楽しい」に感じられるほどになったのは嬉しい事のひとつです。

「引越し人生」多くの出会いと別れがありましたが、今でも親交のある方たちもおられ最高の宝物と思っています。

これから「お引越し」を経験されるかたもおられることでしょう。

あれこれ心配しないで夢をお持ちになればきっと素敵な「引越し人生」を送ることができるでしょう。

私も結婚生活「30年」でお引越しは「8回」経験しました。

山あり谷ありの「引越し人生」長男も長女も立派な大人に成長して主人もめでたく「退職」して今は地元で「セカンドライフ」を満喫する毎日を送っています。

もう引越し無しの「マンション生活」です。私はまだまだいろんな地に行ってみたいとひそかに思っています。

引越してから、あっという間の4年間

私は大学生のころに初めて一人暮らしをしました。

それまでは実家暮らしでしたので、念願の一人暮らしです。

私は料理などの経験がゼロで、自炊して節約しようと思ったのですが、慣れるまでは大量に料理を作りすぎてしまい、かえってお金が高くついてしまった時期もありました。

大学4年生にもなると、料理の腕前も上がり、就職活動のための移動費に使ったりとやりくりを頑張りました。良い勉強になりました。

それから、私は大学の近くにアパートを借りていたので、友人やサークル仲間が良く遊びに来てくれました。

同時に、飲み会の場としても良く使われていましたが、大勢で楽しむのが好きな私はみんなが遊びに来てくれることもとてもうれしかったです。

しかし、地元を離れ、最初は友人もいない状況でしたので、ホームシックになった時期もあります。

暗い家に帰り、実家ならご飯やお風呂の準備もできており、学校であった嫌なことも愚痴でストレス発散できていたのですが、当時はそれができず、気が滅入っていました。

家族の偉大さを本当に感じた日々でした。アルバイトやサークルをすることで、大学生活もどんどん充実し、今振り返ると本当にあっという間の4年間でした。

ただ、こんなに充実して、楽しい大学4年間を過ごすことができたのも、両親のおかげだと心から思っています。

母もパートをしながら、毎月10万円の仕送りをしてくれていたんだな、と思うと頭が上がりません。

その後、なんとか就職が出来たことが最初の恩返しだなと思います。これからもっと恩返しをして行きたいと思います。